書く禅

立ち止まる

ふくらむ風景

流れ込んだ風景は

ぼくのひとつのひらめきとなり

ひとつのアイデアとなり

さらに立ち止まることなく過ぎ去っていく

風呂屋でひらめいたたくさんのアイデア

風呂屋に忘れて出てきてしまうのと同じで

風景の中に僕はたくさんのひらめきを

おいてきてしまう

窓の外、カラスが空を横切った

そして家の前の道に

同じようなやつが通り過ぎる

カラスが羽ばたいてるのを見て

まだ旅路にあるような気持ちになった

同じようなやつが通り過ぎたのを見て

帰ってきたような気持ちになった

ここはどこだろう

家の向かいの山を見て、まったく飽きない

飽きが永遠にこないであろうことがすぐにわかって、見るのをやめる

何回繰り返しただろう

ここは見晴らしがいい

そう言えるところで生きていたい

そう思っては隘路に立ち入る

自分のアマノジャクに

引き回されて

ため息と共に

肩を並べて遠くを眺めた

どこに急ぐのか

急がないことで到達する何か

部屋の壁の杉板の節目に目玉つきあわせて

座って考える

立ち止まるとは見ること

見る時立ち止まっている

座るに語はいらない

ましてや日本語なんて

散文の散歩にピリオドなんてない

肌に風を感じ

感触が部屋を横切る風を感じていると

汗ばんできて長袖を脱いだ

久しぶりに日記でこんなに時間を使っている

引用を無数に含めたこの日記のほとんどを

消したところだ

残った残骸が目に残るとは限らない

太陽が目線に近づく

コーヒーの入ったファイヤーキングのオレンジのガラスが太陽に色を与えて

白地のメモに色付きの影を落とす

正直を書くことは難しい

ほとんど万華鏡が放つ光を描くみたいだ

青を背景にした緑の山の端に

明確な線がある

その線はこの世界に属さないみたいな線だ

記憶には強く残るが

目でみてもなぞることはできない

それは杉の先端の実在と空の実在の狭間に存在する実在だ

正直とはそのようなもの

動くわたしと動かないでいるわたしの中でうごめいているもののあいだ。

それを書くこと1列にすることは難しい

だから並列にする努力をする

絵としての文にして

正直の光のひとつひとつの実在に

色付きの影を与えないといけない

まずは笑顔になること

ニッコリ笑う必要はまったくない

安部公房が言う微笑だ

顔貌学における最も弛緩した表情

顔の筋肉が一番堕落したら

ひとは微笑する

すると、自分が綴った言葉のあいだから

思いもしなかった想いがふらふらと

匂いにつられてやってくる

その者どもを生け捕りにする方法が必要だ

綴る努力なんてたいしたものではない

綴られたものから逃げ惑う気持ちの中にこそ

本音はあるはずだ。

ピリオドがつけばたいていあやしい

だ。とか、である。とか、しかし、とか

そういう文をそれらしく見せる表現は全部あやしい

本音は真ん中で宙ぶらりんになってる

さあ寝ようとして布団に寝るのじゃなくて

頬杖ついて寝てしまう昼寝のようなもの

書く禅